今年も春闘での満額回答のニュースが華々しく報じられています。トヨタ自動車の5年連続満額回答、スーパー「ライフ」の月1万6000円以上の賃上げ、「王将フードサービス」の月3万円超えの回答など、大手企業を中心に好調な賃上げが続いています。しかし、こうした華やかなニュースの陰で、依然として厳しい現実と向き合い続けている就職氷河期世代の実態に焦点を当ててみます。
就職氷河期世代とは – 時代の犠牲となった世代
1993年から2004年頃に就職活動を経験した現在43〜55歳の就職氷河期世代。彼らが社会に出た時代は、バブル崩壊後の不況が長引き、「リストラ」という言葉が流行語になるほど企業の雇用環境が厳しい時代でした。大卒の求人倍率は1991年に2.86あったものが、2000年には1倍を割り込みます。
就職できないのも、非正規雇用から抜け出せないのも、すべて「自己責任」と片付けられがちでした。ネット記事で紹介された44歳の図書館員の「『自己責任』とやたら言われました」という言葉は、当時の風潮を如実に表しています。この世代は、社会経済的な構造変化の波に飲み込まれ、自らの力ではどうにもならない状況に置かれていました。
非正規雇用の固定化 – 抜け出せない罠
就職氷河期世代の多くが陥ったのが「非正規雇用の罠」です。正社員の門が狭かった彼らは、「とりあえず」アルバイトやパート、派遣などの非正規雇用で社会人生活をスタートさせました。しかし、一度非正規のレールに乗ると、正社員への転換は極めて困難になります。
厚生労働省の調査によれば、40代以上の「フリーター」と呼べる層は約50万人と推計されています。若者の一時的な働き方と思われがちなフリーターですが、就職氷河期世代はそのまま中年になってしまいました。
収入の不安定さは、結婚や子育てといったライフイベントにも影響を与えており、経済的基盤の弱さから将来設計を諦めざるを得ない現実があります。
社会保障の空白 – 将来不安の根源
非正規雇用や不安定な就労環境は、社会保障の面でも大きな問題を生んでいます。多くの就職氷河期世代は、厚生年金に十分に加入できず、国民年金のみに頼らざるを得ない状況にあります。さらに、経済的困難から国民年金の支払いが滞っているケースも少なくありません。
結果として、彼らが受け取る将来の年金額は限定的になる可能性が高く、老後の生活不安が深刻化しています。物価上昇が続く現在、この先の生活をどう支えていくかが大きな課題となっています。
リスキリングの現実的課題
近年注目されている「リスキリング」(職業能力の再開発)ですが、就職氷河期世代にとっては現実的な壁が立ちはだかっています。技術の進化は急速であり、長期間にわたって安定したキャリアを築けなかった彼らにとって、最新の技術やスキルを身につけることは容易ではありません。
さらに、リスキリングには時間とお金が必要です。生活に余裕がない彼らにとって、その捻出も大きな課題となっています。日々の生活を維持することで精一杯な状況では、将来への投資は二の次にならざるを得ません。
賃金上昇から取り残される構造的問題
春闘の賃上げに関するデータを見ると、世代間格差は明らかです。昨年の賃上げ分は、30歳程度までの若年層に重点配分した企業が34.6%だったのに対し、45歳程度までの中堅層は9.4%、45歳以上のベテラン層はわずか1.1%にとどまっています。
有識者によれば、企業は若い人材を求め、賃上げの原資は若年層に振り分けられがちです。また、就職氷河期世代は「賃金に不満があっても転職しないだろう」と企業に思われており、待遇改善が後回しにされる傾向があります。
就職氷河期世代内の二極化
実は就職氷河期世代の中でも、二極化が進んでいます。運良く大企業や公務員として就職できた層は、比較的安定した生活を送っています。一方で、非正規雇用や中小企業を転々としてきた層は、依然として厳しい状況に置かれています。この格差は時間の経過とともに拡大する傾向にあり、同じ世代内でも経済的な断層が生じています。
社会全体への影響 – 消費低迷と年金問題
就職氷河期世代の問題は、個人の問題にとどまりません。約2000万人という大きな人口を持つこの世代の経済的苦境は、日本経済全体にも影響を与えています。
酒井氏は「氷河期世代は納めた保険料が少なく、将来もらえる年金も少ない。物価上昇の中、家計の苦しい世帯が増える恐れがある」と指摘します。消費の中核を担うべきこの世代の消費が鈍ると、経済全体の低迷を招きかねません。
支援の現状と今後の展望
政府も支援策を打ち出しています。ハローワークに専門窓口を設けたり、職業訓練の機会を提供したりと、氷河期世代の就労支援に力を入れています。2019年には「就職氷河期世代支援プログラム」が策定され、集中的な支援が行われています。
また、人手不足が深刻化する中、企業の中には年齢にかかわらず経験やスキルを評価する動きも出てきています。企業の人手不足が続く中で、経験やスキルを持つ人を年齢にかかわらず、いい待遇で採用する企業が増加傾向にあるという変化の兆しも見えています。
企業間の人材獲得競争が激しくなれば、貴重な戦力の流出を防ぐために、氷河期世代の賃上げが進む可能性もあります。特に専門性や経験を持つ人材については、再評価の動きが見られます。
これからの課題 – 社会全体で取り組むべき問題として
就職氷河期世代の問題は、彼ら「自身の責任」ではなく、社会経済的な構造の中で生じた問題です。春闘での賃上げが若年層に偏る現状も、決して彼らの努力不足が原因ではありません。
企業には、年齢や経歴にとらわれない人材評価と、中堅・ベテラン層への適切な処遇が求められます。政府には、より実効性のある支援策の継続が必要です。そして社会全体として、この問題を「特定世代の問題」ではなく「社会全体の課題」として認識することが大切です。
春闘の華やかなニュースの裏側で、就職氷河期世代の多くが依然として厳しい現実と向き合っています。すべての世代が希望を持って働ける社会の実現こそが、真の経済発展ではないでしょうか。そのためには、特定の世代を犠牲にしない社会経済システムの構築が急務といえるでしょう。
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